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10月28日(水)人間はなぜこの世に生まれてくるのか

第一章 人間はなぜこの世に生まれてくるのか
私たちは、この世に身体を持った生命として生まれてきます。
しかし、そもそも何のために生まれてくるのでしょうか。
この問いを解明するためには、まず生命がどのような原理によって動いているのかを理解する必要があります。
私が考える生命の根本には、「偏り」という問題があります。
生命は、過去から形成されてきた偏りを抱えて存在しています。そして、その偏りを本来の調和した状態へ戻そうとする働きも同時に存在しています。
この偏りを正そうとする働きこそ、生命が成長しようとする根源的なエネルギーなのです。
ところが、身体を持って生まれてくると、生命には身体を守るという強い働きが生まれます。
身体を守ることと自我を守ることが結びつき、自我を維持し、正当化しようとする方向へ心が動くようになります。
本来は偏りを解消するために生まれてきたにもかかわらず、反対に自我を強化し、偏りをさらに大きくしてしまう。
ここに人間の根本的な矛盾があります。
人間は、自我を守るために生きるのではなく、自我によって生じた偏りから解放され、本来の調和へ向かうために生きているのではないか。
この問いが、今回の講話の出発点です。

第二章 貪・瞋・痴はどのように生まれるのか
お釈迦様は、人間の苦しみを生み出す根本的な心の働きとして、貪・瞋・痴という三毒を説かれました。
貪とは欲望、瞋とは怒り、痴とは無知です。
しかし、これらを単なる悪い感情として理解するだけでは、その本質に到達できません。
なぜ欲望が生まれるのでしょうか。
なぜ怒りが生まれるのでしょうか。
なぜ物事の真実が見えなくなるのでしょうか。
その根底には、自我を維持し、正当化しようとする働きがあります。
自分にとって都合のよいものを求め、都合の悪いものを拒絶し、その判断を正当化する。
その過程で、自分の考え方や価値観が正しいという確信が強化されていきます。
すると、人間は現実をありのままに見ることができなくなります。
現実を見ているつもりでも、実際には、自分の中に形成された思考、価値観、感情というフィルターを通して見ているのです。
同じ現象を見ても、人によって解釈がまったく異なるのは、このためです。
ここで重要なのは、貪・瞋・痴が生まれた後の感情を抑え込むことではなく、それが生まれる因果関係を理解することです。
欲望や怒りが生じたとき、それを正当化するのでも否定するのでもなく、まず、その心の働きに気づく。
その気づきによって、自我と現実との間に距離が生まれます。
自分の感情に巻き込まれていた状態から、その感情を観察できる状態へと変化するのです。
ここに潜在能力開発の第一歩があります。

第三章 正見とは、現実をありのままに見ることである
仏教の八正道は、正見から始まります。
正見とは、単に正しい知識を持つことではありません。
物事を自分の都合や思い込みによって解釈するのではなく、現象がどのような原因と条件によって生まれているのかを、ありのままに理解することです。
人間は、生まれてからさまざまな経験を積み重ねます。
その経験は、知識や技能となる一方で、固定観念や思い込みにもなります。
例えば、自転車に乗ることを考えてみます。
最初は誰でも上手に乗ることができません。
しかし、何度も転び、身体のバランスを取り、感覚を修正しているうちに、いつの間にか乗れるようになります。
その過程では、目から入る情報、身体の傾き、筋肉の動きなどが無意識のうちに統合されています。
つまり、人間には、経験を通じて認識の仕組みそのものを変化させる能力が備わっているのです。
ここで重要なことがあります。
何を経験するかによって、何が見えるようになるかが変わる。
そして、何が見えるかによって、何を考え、どのように判断し、どう行動するかが変わります。
人間の能力とは、単に知識や技能の量ではありません。
現実をどのような構造として認識できるかという、認識能力そのものなのです。
自分の思い込みに気づき、現実の因果関係を理解できるようになること。
これが正見に近づく過程であり、潜在能力が開発されていく過程でもあります。

第四章 善とは、悪に気づくことである
仏教では、不善の根として貪・瞋・痴を説き、それに対する善の根として無貪・無瞋・無痴を説きます。
ここで、善とは何かを深く考える必要があります。
一般的には、善いことを行い、悪いことをしないことだと理解されています。
もちろん、それは大切です。
しかし、悪いことをしないように努力するだけでは、心の根本的な変化には至りません。
なぜなら、悪いことを生み出している原因が、自分自身の認識の中に存在しているからです。
怒りを抑え込もうとしても、怒りが生まれる原因を理解していなければ、また同じ怒りが生まれます。
欲望を我慢しても、その欲望を生み出す自我の働きが変わらなければ、同じことが繰り返されます。
だからこそ、まず気づくことが重要なのです。
自分の中に欲望が生まれている。
怒りが生まれている。
自分の考えを正当化しようとしている。
その働きを客観的に観察することによって、心は少しずつ変化していきます。
自我の働きに気づくことができれば、それに無意識に従う必要がなくなります。
そして、気づきが深まるほど、自我に支配される度合いは小さくなっていきます。
善を育てるとは、自分の心の中にある不善の働きを正しく理解し、その原因を取り除いていくことなのです。
これは、仏教の四正勤とも深く関係しています。
すでに生じた不善を取り除き、まだ生じていない不善を防ぎ、善を生じさせ、生じた善を育てていく。
この四つの働きは、心を継続的に成長させる仕組みとして理解できます。

第五章 潜在能力開発とは、認識の限界を超えることである
ここまでの内容から、人間の潜在能力開発の本質が見えてきます。
人間の能力を制限している最大の要因の一つは、自分が形成してきた認識の枠組みです。
人は、自分が見えている世界を現実そのものだと思っています。
しかし、実際には、その人の経験、知識、価値観、感情によって構成された世界を見ています。
そのため、自分の認識の外側にあるものは、そもそも問題として認識することさえできません。
例えば、店舗で問題が発生したとします。
ある人は、従業員の努力不足だと考えます。
別の人は、人員が足りないと考えます。
さらに別の人は、作業工程の設計に問題があると考えます。
同じ現象を見ているにもかかわらず、認識できる因果関係の範囲が異なるのです。
ここで必要になるのが、認識の抽象度を高めることです。
現象を一つの側面だけから見るのではなく、複数の要因の関係として理解する。
そして、その現象が生まれる根本的な構造を発見する。
そうすると、これまで見えなかった問題が見えるようになります。
それまで思いつかなかった解決策が生まれます。
これが潜在能力の開発です。
潜在能力開発とは、能力を外から付け加えることだけではなく、自我によって狭められた認識の世界を広げ、現実をより深く理解できるようになることなのです。

第六章 Operation・Control・Managementは認識能力の発達段階である
この考え方は、チェーンストア経営にもそのまま当てはまります。
チェーンストアには、Operation・Control・Managementという三つの機能があります。
Operationは、決められた作業を正しく実行することです。
Controlは、実際の状態とあるべき状態を比較し、その差異を把握して、正常な状態に戻すことです。
Managementは、目的を達成するために必要な条件や仕組みを整えることです。
しかし、この三つを単なる職務の違いとして理解してはいけません。
本質的には、現実を認識する能力の違いなのです。
Operationの段階では、目の前の作業を正しく行うことが中心になります。
Controlの段階では、作業の結果を数値や基準と比較し、問題を発見できるようになります。
Managementの段階では、なぜその問題が生まれるのかを構造的に理解し、問題が発生しにくい仕組みそのものを設計できるようになります。
つまり、段階が上がるほど、現実を見る抽象度が高くなるのです。
ここで重要なのは、単に上位の仕事を経験させれば能力が高まるわけではないということです。
その人が何を見て、何を理解し、何を見落としているのかを把握しなければなりません。
そして、次の段階に進むために不足している知識と経験を特定し、それを獲得できる機会を与える必要があります。
これが、経営幹部に求められる教育能力です。

第七章 本部の役割は、人間の潜在能力を開発することである
従来の本部は、現場の問題を発見すると、ルールを作り、指示を出し、それを守らせようとしてきました。
しかし、ルールを増やすだけでは、問題の根本的な解決には至りません。
なぜなら、現場の人たちが、そのルールを必要とする因果関係を理解していないからです。
例えば、稼働計画が守られないという問題があります。
そのとき、単に稼働計画を守るように指示しても、現場の認識能力は変わりません。
なぜ、その時間帯にその人数が必要なのか。
客数と作業量はどのような関係にあるのか。
人時接客数は何によって変化するのか。
どの工程が生産性を制約しているのか。
これらの因果関係を理解できるようになることで、初めて稼働計画の本当の意味が分かります。
そして、本人が自分の判断の誤りに気づき、自ら改善するようになります。
ここに本部の本来の役割があります。
本部は、現場の人たちに答えを与え続ける組織ではありません。
現場の人たちが、自ら現実を正しく認識し、問題を発見し、解決できるようになるための環境を設計する組織なのです。
そのためには、本部の幹部自身が、現場の人たちの認識能力を見極められなければなりません。
何が見えていて、何が見えていないのか。
何を理解していて、何を理解していないのか。
何を経験すれば、新しい認識能力を獲得できるのか。
これを発見し、必要な経験を設計して与えることが、経営幹部の最も重要な仕事になります。

第八章 リーダーシップとは、人間を真理へ導くことである
ここまで考えてくると、リーダーシップの意味も変わってきます。
一般的には、リーダーシップとは、人を動かす能力、組織をまとめる能力、目標を達成させる能力などと理解されています。
しかし、それらはリーダーシップの結果として現れる機能です。
もっと根本的な役割があります。
それは、人間が自分自身の認識の偏りに気づき、現実を正しく理解できるように導くことです。
人は、自分の考え方を正当化しようとする限り、他者と対立します。
自分の思い込みを守ろうとする限り、新しい知識や経験を受け入れることができません。
しかし、自分の認識の限界に気づくことができれば、そこから成長が始まります。
相手の立場や考え方を理解できるようになります。
現象を生み出す因果関係を、より広い視点から捉えられるようになります。
そして、自分だけでなく、他者の成長にも関心を持てるようになります。
これは、仏教でいう慈悲の働きとも結びついています。
自分の自我を満足させるために他者を動かすのではなく、他者が苦しみの原因から解放され、本来持っている能力を発揮できるように支援する。
そのような働きが、組織の中で実践されることに大きな意味があります。
リーダーシップとは、単に人を管理することではありません。
人間の認識能力を高め、その人が自ら成長し、よりよい判断と行動ができるように導くことなのです。

第九章 知識創造経営への到達
人間が自我による認識の偏りから離れ、現実をより深く理解できるようになると、組織の中で何が起こるのでしょうか。
まず、問題に対する見方が変わります。
従来は、問題が発生すると、誰が悪いのか、誰に責任があるのかという方向へ意識が向かいがちでした。
しかし、認識能力が高まると、なぜその現象が生まれたのかという因果関係に関心が向かうようになります。
すると、問題は誰かを責める材料ではなく、新しい知識を生み出す機会になります。
一人の人間が発見した因果関係を、他の人たちも理解できるようになる。
他の店舗でも同じ現象を観察し、検証する。
その過程で、さらに深い理解が生まれる。
こうして組織全体の認識能力が高まっていきます。
ここで重要なのは、単に成功事例を共有することではありません。
成功という結果を生み出した因果関係を解明することです。
なぜ、その成果が生まれたのか。
何が決定的な要因だったのか。
どのような条件がそろったときに、その成果が再現されるのか。
これを深く考え、理解することによって、初めて知識が創造されます。
そして、組織の一人ひとりが、自ら因果関係を発見し、新しい知識を生み出せるようになっていく。
これが、私たちの目指す知識創造経営です。

結論 人間の潜在能力開発こそ、経営の根本目的である
人間は、自分自身が形成した思考、価値観、感情によって、現実を見る能力を制限されています。
その根底には、自我を維持し、正当化しようとする貪・瞋・痴の働きがあります。
仏教が示しているのは、その働きに気づき、現象をありのままに観察し、因果関係を理解することによって、苦しみの原因から解放されていく道です。
そして、この過程は、人間の潜在能力が開発されていく過程とも深く結びついています。

現実を正しく認識できるようになる。
問題の真因を発見できるようになる。
最適な解決策を導き出せるようになる。
他者の認識能力を高められるようになる。
さらに、その能力を組織全体に広げることができるようになる。

これが、経営における人間の成長の道筋です。

したがって、企業経営の目的を、単なる売上や利益の拡大だけに置いてはいけません。
売上や利益は、社会に必要とされる価値を継続的に提供するための重要な条件です。
しかし、その価値を生み出す主体は人間です。
人間の潜在能力が開発されれば、これまで見えなかった問題が見えるようになり、これまで実現できなかった成果を生み出せるようになります。
そして、人間の成長が組織の成長となり、組織の成長が社会への貢献につながっていきます。

自我を守るための生き方から、自我の偏りに気づき、真理に近づいていく生き方へ。
人を管理する経営から、人間の潜在能力を開発する経営へ。
個人の経験に依存する組織から、全員が知識を創造し続ける組織へ。

この転換こそ、私たち昭和食品工業が目指す経営の本質なのです。